「……政宗は?」

 
 
 
 今日一番に発した彼女の声は普段よりも幾分掠れ気味だった。

 何時もなら自分よりも早く起きて先に飯を食べてるその人の姿がない。

 襖をあければ延長線上に座っていた彼がいないのには挨拶よりも先に疑問を口にした。

 

 
 「あ゛!おはほう、ほんね」(あ!おはよう、梵ね)

 「成ー、飯食いつつ喋んな。おはよう」

 

 
 口の中のご飯粒が飛び出しそうな勢いで話す成実の頭を軽く叩いて止める。

 ぱしりと良い音はしたが本人に大したダメージはなさそうだ。

 朝に強くないはまだ少し眠そうに成実と本来政宗がいる席の間に腰を下ろした。

 続きをいおうと懸命にものを噛み砕く成実を余所に小十郎がついだ味噌汁をに手渡す。

 

 
 「おはようございます、殿。

 いつもより眠そうですが大丈夫ですか?」

 「ああ、小十郎さんおはよう、ありがと。

 昨日はあんま寝れなくてさ、すぐ目ぇ覚めたんだ。大丈夫だけどね」

 

 
 両手で湯気立つそれを溢さないように受け取ると小十郎は心配そうに眉を下げる。

 

 
 「そうですか?無理はなさらないようにして下さいね。

 政宗様はまだ起きられてないですよ」

 

 
 今からご様子を見に行こうかと思ってるんです、といって立ち上がろうとする彼にが待ったをかけた。

 

 
 「……待って。私が行くよ」

 「え、殿が?」

 

 
 その申し出が以外だったのを素直に表す小十郎。

 成実の方も驚いたのか箸を止めての方を見た。

 味噌汁の椀を膳に置くとそれらを気にも留めずにが立ち上がる。

 小十郎も成実もその表情を見てそれぞれ苦笑した。

 どこかまだ重たそうな瞼の奥に爛々とした輝き。

 口元はニヤリという表現がぴったりの笑顔。

 

 
 「なーに企んでんの、

 

 
 を見上げる状態で成実が尋ねる。

 そんな彼もどこか彼女に似た笑顔を浮かべている。

 それを見下ろしたはその後ろを通り過ぎながら答えた。

 


 「企む?我らが殿に?とんでもないよ、成実殿!

 一家臣が敬愛する主を心配するのは当然のことであろう?」




  そのわざとらしい口調に小十郎は口元を押さえて笑っている。

 


 「それに?私は朝に弱い分、政宗様に世話になってるのでな。

 それはそれは優ーしく叩き起こしてくれることの礼をたまにはせねば」


 

 礼をのところでの握りこぶしが持ち上がったのは目の錯覚ではないだろう。

 襖を開けていざ出て行こうとする彼女に成実が「俺も行くー!」と声を上げる。

 はそれに軽く振り返って先とは別の微笑みを浮かべる。

 


 「だーめ。成はちゃんと飯喰いな?

 小十郎さんも先に食べちゃった方がいいぞ、政宗は私に任せて」


 

 手を振り出て行く彼女を前に居残り組は見送りの言葉も出なかった。

 足音が遠ざかって部屋は静寂。

 しんと耳が痛むようなそれを破ったのは武の猛将の方だった。


 

 「小十郎ー」

 「はい?」

 「ってさー、可愛いよね」

 


 ちゃんとご飯食べよーっと、と成実は残りを平らげ始める。

 


 「…そうですね、気遣いも出来る良い女子になられました」

 


 お言葉に甘えて先に失礼しましょう、と小十郎は膳の前で手を合わせた。




 






 目的の部屋の前でピタリと足を止める。

 襖一枚隔てた向こうに政宗が無防備に眠っている。

 そう思うとどんな仕返しをしてやろうかとうずうずしていた。

 とりあえず落ち着こうと深呼吸。

 冷え冷えとした空気はの肺を満たすと同時に体温を奪った。

 吐き出す息は白く凍ってどこからか吹く風に流されていく。

 この寒さの中いつもの着流しでいられるのは昔から慣れというやつだ。

 三度大きく呼吸してからもう一度息を吸うと、小声で一言声をかけた。




 「だ、入るぞ」




 す、とあまり音をたてないように開け、入室すると布団の中にその人を見つける。

 後ろ手に襖を閉めてから目標に接近する。

 気配を殺しながら、まるで忍びにでもなった気分で。

 枕元まで近づいても特にその人の反応はない。

 膝をついてその顔を覗き込む。

 端正な顔立ちの政宗が息もそこそこに眠っている。




 「……うぁ、ムカつくぐらい睫毛長ぇ…」 




 閉じられた瞼を縁取る睫毛はきれいな曲線を描いている。

 それは眼帯のない左側だけだが。

 刀の鍔の眼帯をじっと見つめているかと思うと、ふっとが笑んだ。




 「…よかったなぁ、政宗。

 こんなに安眠できるようになってんじゃん」




 さらりと流れる猫っ毛に指を通しながらぽつりぽつりと声がこぼれる。

 髪をいじっているのにまだ起きないことに驚きながらそれをいいことに何度もそれを繰り返す。




 「……ちっこい頃寝れなかったもんなぁ、怖かったもんな」




 誰がとは決して口にしないが。

 脳裏にははっきりとその人の顔を思い出せる。

 その人はいつ政宗を手にかけてもおかしくない御方で。




 「あの頃は私も全然弱くて…とても政宗を守るなんて出来なくて。

 どれ程もどかしく、悔しく、惨めに思っていたか…政宗は知らないだろ?

 ただ側にいるぐらいしか出来ない弱い自分をどれだけ呪った事か…」




 あの日を境に変わってしまった政宗。

 目元をみればまともに眠れない日々が続いている事をはもちろん気付いていた。

 それでも何もできない。

 安心して眠る場所も与えられない。




 「だから、誓ったんだ。

 絶対強くなって政宗を守れるようになるって。

 安心して眠れるような場所作ってやろうってさ」




 今日様子見に来れてよかったと優しい微笑をする。




 「これからもちゃんと守ってやるから、安心して眠れ。政宗」




 髪を梳いていた手を止めて立ち上がる。

 起こさないようにまた気配を殺して襖まで歩いた。






 出て行こうとそれに手をかけたときははたと思い返した。





 「あ゛っちげー、寝てる奴にそんな事いいに来たんじゃねーって」





 自分に突っ込み入れつつ政宗の元まで引き返す。

 その足取りは先と違って荒い音をたてている。

 もう何をしても起きないと踏んでいるからだろう。

 あの安らかに眠る整った顔立ちに騙された、と本来の目的を思い出した。




 「と、先の話は置いといてだ。

 今日は寝坊助な私を優しく起こしてくれる政宗様に礼しに来てやったぞ」




 眠り続ける政宗を見下ろすは打って変わってニヤリ顔。

 ふふふ、と笑う様は織田軍にいる白髪の狂人を彷彿とさせた。

 まだ先程と変わらない様子の政宗の足元へまわると腕を前後に振り始める。

 腕の振り子と膝を曲げるタイミングを合わせて。




 「…せーっの!」






 ぼずんっ






 豪快な音を立てての落ちた先は政宗の腹の上だった。




 「どうだーっ日頃ろくな起こし方しない仕返しだ!」




 馬乗りになった状態でしてやったりとはしゃぐ

 それ故彼女は気が付かなかった。





 「うおっ!?」





 横から伸びてきた腕が自分の後頭部を引き寄せた事に。




 「いってぇ…」




 急なことに受身が取れなかったは自分の状況を知ろうと強く瞑ってしまった目を開けた。

 目の前には鍛えられた胸板。




 「ああ、胸板か…ってオイ、なんだこれ!!」




 慌てたが離れようと体を引いたが頭の後ろに何かがあってそれが叶わない。

 腕だ。

 腕がの後頭部を捕らえて離れられない。

 足掻いていると腰にまで腕が回っていることに気付く。

 今までの状況でこれが誰の腕なのかは予想がついた。




 「な、もー離せ、梵っ」

 「梵呼ぶな、阿呆が」




 目線を少し上げると意地悪く笑う隻眼。




 「
Good morning,my honey

 「はいはい、おはよう、早く離せ」




 そして私はお前の
honeyじゃねぇとつけたして両の腕を突っぱねる。

 ぐ、と押してもびくともしないのはが弱いからではない。

 むしろは平均女性よりも力は何倍かあるだろう。

 相手が男であり尚且つ常にその身を鍛えている武将だからだ。




 「
Uh〜?どうした、Do not you part from me?」
(離れないのか?)

 「right now!だからその腕を離せっ」
(すぐにも!)

 「そいつは聞けねぇな」




 腕の拘束を緩めろというの言葉に反して力は更に強まる。

 それでも暫くは抵抗を見せたものの、結局及ばず体力を消耗するだけだった。

 政宗は大人しくなったの黒髪をそれは満足気に弄ぶ。




 「っくしょ…綺麗に引き摺り込みやがって…」




 改めて状況をみると布団の上に馬乗りしたにも関わらず、

 引き摺り込まれた体はまるで最初から布団の包まっていたかのように覆われている。




 「惚れたのか?」

 「なんでだよ、今のどの部分に惚れる要素があるんだよ…

 それより何時から起きてたんだ?」




 こんなこと寝起きの人間が出来るはず無い。

 もとより部屋に入ってから一連の行動で起きない方がおかしかったのに。






 ―なんで気付かなかったんだ






 そう自分に叱咤しつつ政宗を見上げる。




 「さぁ?何時からだろうな」




 少し目を細める政宗の表情は先程から上機嫌のままで何を意味するのかわからない。

 ただその表情で読み取れたのは「さらさら教えてやらねぇ」という含みぐらいで。




 「うーわっ変なこというんじゃなかった…」 




 後悔と羞恥で頬を染めた彼女は見られまいと政宗に顔を押し付けた。




 「
Oh、大胆だねぇ、誘ってんのか?」

 「寝言は寝たままいってくれ……」




 真の意図は知った上でまだ軽口を叩く政宗。

 彼女が強く反撃に出れないのは既にその気力を失っているだけではなかった。




 「……政宗…」




 名を呼ぶその声が弱々しくなる。

 政宗が少し状態をずらしてその顔を覗き込むとHA!と笑って再度抱き寄せる。




 「オネムかい、
honey




 どこか一点を見つめ続ける重そうな瞼。

 さっきの声色といいそれしかないと政宗は踏んでいた。

 彼女も目を擦りながらそれを否定しない。




 「ん…政宗が暖かいから…
早く、離せ……朝飯食いに…呼び…来たのに」




 自分の仕事を思い出してなんとか起きなければとする。

 しかし政宗は腕を緩める事はしないし、自分の体も徐々に眠る状態に近づきつつあった。




 「俺が暖かいってよりはお前が体冷やしすぎたんだろ」




 確かに慣れているからといってあまり着込んだりもせずに寒い廊下を歩き、

 部屋についてからもしばらく事を起こさなかった。

 その間に少しずつ体は熱を失ってしまったのだろう。

 今は逆に人肌と布団の暖かさのせいで元より睡眠不足のは引き摺りこまれていく。




 「眠いなら寝て良いぞ、




 政宗がゆっくり髪を梳く指先が酷く優しい。

 密着する体に響く彼の心音も心地よい声もただを眠らせる子守唄だ。




 「……も…ばか…まさむ……」




 最後まで言葉を紡ぐことなく彼女は意識を手放した。

 静かな寝息を腕の中に感じ政宗も目を閉じる。




 「
It knows the thing that you strengthen for me.
 
(お前が俺の為に強くなったのは知って
る)
 However, will you not know
(でもお前は知らないよな?)

I was saved by you in now and those days
(俺はお前に救われたんだ、今もあの頃も)




 呟くその声は決しての眠りを妨げたりはしない。

 愛しげに額に落とされた口付けも同じだ。

 ちゅ、と音を立てて唇を離すと政宗も再び眠りに落ちていった。

 

 

 

 昼を過ぎる頃、成実が二人を起こしに出陣。

 やっと起床した政宗とは遅い朝食を一緒に食べた。

 小十郎が温め直してくれた味噌汁は美味しかったそうだ。






誰も知らない朝






 初・政宗さんです。
 何か英語のトコが大変なんですけど楽しい…(笑)
 あ、嘘っぱちな可能性大!なので信用しちゃいけませんよ?
 訳は一応ここ見たく隠しておきました。
 その方が捲ったとき楽しくないですか?(私だけか、そうか)
 なんにしても、奥州筆頭はカッコええ、ほんと。
 なんてったって、日本版ダンテですもんね〜w
 ぜっっっっったい、Sだって思ってる割には今回優しい政宗さんになってます(苦笑)
 次はめっちゃSっ気たっぷりな政宗さん書きます。
 今回は寝起きで嬉しい事あったんで上機嫌だったってことで(ぁぁあっ)
 下は成ちゃん(伊達三傑
好きっ)が起こしに来てくれた時なオマケです。

 

 

 「梵ー、ー、入るよ〜?」

 すぱんっ

 「……ああーーーっ!!」

 「…うるせぇぞ、成」

 「ぼ、梵ちゃん何やってんの!?」

 「Ah?寝てたんだよ、見てわかんねぇのか?

 それとお前も梵呼ぶな」

 「え、一見終わった後見たいよ?」

 「…まぁ好きに解釈ていいぜ?」

 「うあぁっ梵ちゃんの馬鹿ぁっ

 は俺が嫁に貰うって昔約束したのにーっ!」

 「はぁ?誰がテメェにやるか。

 は俺のもんだ」

 「……成…、政宗うっさい……」

 「Good morning…って二度目だけどな」

 「…政宗……はよ……」

 「ねぇ、、梵に奪われちゃったの!?」

 「…あ゛ぁ?」

 「や、何もないよ…」

 「寝起きの姫さんは恐ろしいねぇ」