いつもより幾分寒さが強い事を肌で感じながら体をベッドから起こした。
まだ覚醒しきらない意識を引き摺りながら窓辺へ近づく。
そっとカーテンに手をかけると今まで遮られていた光が侵入してくる。
その光の強さは起きて間もない眼には酷なものでしかなかった。
きつめに目を閉じて慣れるのを待つ。
少しずつ瞼を上げたり下ろしたりを繰り返すことで視界は鮮明になってくる。
はっきりしてくる視界と一緒にぼうっとしていた意識も覚醒する。
目前に広がる世界は昨日と全く異なるものでしばらく声もでなかった。
しんと積もる
「さむーいっ」
の口調はいかにも楽しそうなもの。
白く染まった庭先を歩きまわるその足取りも。
積もったそれは彼女の膝下まで侵食している。
「………なら屋敷に戻れ」
「いやー」
少し離れた所でその様子を見守るバージルの溜息は白く凍る。
彼の脳裏にはつい先程のことが思い出されていた。
今朝は珍しくバージルの方がよりも先に目覚めていた。
寒さのせいなのか、何が原因なのかは分からないが妙に目が冴えた。
キッチンへ足を運んで後から起きる彼女の為にも温かい飲み物でもと準備をしていた時だ。
二階から彼女の慌ただしい足音がする。
何に慌てているのかと階段の方へ向かうと寝巻きのままのが勢いにまかせて駆け下りてくる。
自分も目に止まっていないのか、一直線に玄関へと向かう彼女。
「っ」
ドアノブに手がかかる前にの腕を掴んだ。
はハッと顔を彼へ向ける。
幾分驚いた様子だったもののその眼差しの爛々とした何ともいえない表情にバージルは一瞬困惑した。
「…どうした」
そう尋ねる他に言葉が出てこなかった。
尋ねられたは興奮気味に言う。
「あっあのね、ほら!外、雪っ」
単語しか連ねられていない言葉から彼女の意思を汲み取る。
バージルはとりあえず落ち着けとの背中をポンポンと打った。
「外に出たいんだな?」
その質問に首を何度も縦に振る。
「…その格好で?」
「あっ!」
彼女にしっかり防寒装備させている間に「先に起きていてよかった」と心底思った。
きっとあの時に止めていなければ彼女は何の戸惑いもなく外へ飛び出して雪と戯れていただろうから。
広い屋敷の庭はこれでもかと言わんばかりに雪で覆われている。
それこそ白以外存在しないかのように。
その空間で足跡を右へ、左へと付けていくは異質な存在。
雪と対照的な髪の色が酷く映えてバージルは見惚れる。
放ってけば走りだしそうなの様子に気付かれないように苦笑した。
「……」
「ん?何〜?」
「…こけるぞ」
「っ!こ、こけないっ絶対こけないっ」
からかうようにいえばの足取りは慎重なものへ変わった。
考えていた通りの反応に彼は満足する。
「あ」
何か見つけたのか、の視線は一点に止まっている。
目線の先を追うとそこにあるのは一本の小さな植木。
確か「南天」という木だったはず。
は一歩、また一歩と南天の木へと距離を縮めていく。
「バージルー」
南天の目の前まで行くとが彼に呼びかけた。
「なんだ」
「これちょっともらっていい?」
これとは南天のことに違いないが何をどうするつもりなのか彼には検討もつかない。
が、彼女のすることが気になってそれを承諾した。
「やたっ」
はその場に屈み込んで作業を始めた。
生憎ここからはが何をしているのか様子を伺うことはできない。
時期にわかるだろうとバージルはから空へ視線を移した。
灰色の雲はどこまでも続いていてまだしばらく雪が降り続くことを示している。
風もなく、真っ直ぐに落ちてくる雨の結晶は小さく彼にも積もっていく。
肩に。
髪に。
額に。
瞼に。
「バージル」
さくりさくりといつの間にか自分の側に来ていたが名を呼ぶ。
振向くとその雪に負けない程白い手にある小さな雪の塊に目が留まった。
南天の紅い実を二つ、同じ葉を二つ埋め込まれたそれ。
「兎…か」
「うん、雪兎」
何を模しているのか分かってもらえた事にはにこりと笑った。
それに釣られてバージルも口の端を持ち上げた。
「あんまり長い事持ってたら溶けちゃうね」
南天の木に置いてくると背を向けたに彼が付いて行く。
そっと雪兎を木の元へ添えると屈んだままが呟いた。
「バージル、雪はしんしんと積もるんだよ」
その言葉の意味が理解できずにバージルは黙った。
はそんな様子のバージルをちらっと見ると言葉を続けた。
あのね、雪はその一つ一つが綺麗な結晶になってるでしょ?
それが空から落ちてきて、他の結晶と重なってく
そのお互いの結晶がぶつかり合う時に“しん”って
きっと鈴でもなったような
澄んだ音がしてるんだよ
「結晶が小さいからその音も小さくて聞き取り難いんだけどね」
そこまで言うとはゆっくり立ち上がって目を閉じる。
「今は風の吹く音もしないから、もしかしたら聞こえるかも……」
隣で懸命に耳をそばだてる彼女に習ってバージルもその瞼をゆっくり下ろす。
彼女がいったような、結晶が互いに重なっていく音を聞いてみたいと。
聴覚に神経を集中させる。
本当に風の音もしない。
静まった空間でしばらくそうしていたが思っていたような音は響いてこない。
駄目かと瞼を上げようとした時。
「「…あ……」」
二人の声が重なった。
同時に視線も交わる。
「聞こえた…かもしれない」
「ああ…」
気のせいかもしれない。
聞きたいと思う心が作った幻かもしれない。
それでも二人はとても似た穏やかな表情でいる。
「そろそろ入るか」
「うん。……あ」
何かを気にしたはぽつりとたたずむ一匹の雪兎を見下ろす。
穴が開きそうなほどに見つめるを同じように彼も見つめた。
「…雪、溶けちゃうよね」
突然、当たり前なことを呟く。
「……雪だからな」
「うん。雪だもんね」
の意図する所がわからないバージルはそう返すしかできない。
「……ひとりで溶けてくの寂しくないかな」
ひとり、というのは雪兎のことだろう。
雪兎が‘寂しいのでは’と気にする。
自分には持ち合わせない感覚にバージルは不思議な気分にさせられる。
雪兎は雪の塊でしかなく勿論感情なんてものもない。
真っ白い無機物は‘寂しい’など感じることはあり得ない。
それはバージルの感覚。
にとってはそうでないらしい。
今彼女の視線の先にいる雪兎の紅い目は彼女に訴えているのだろう。
‘ひとりは寂しい’と。
「ぃよしっ」
再び屈んで雪に触れようとする。
「…?…バージル?」
無意識にその手首を取ったのは彼の左手。
「………どうやって作るんだ」
「作ってみる?」
「……ああ」
そう返すとは嬉しそうに笑った。
「まずね……」
は丁寧に指示を出してバージルの手の中に出来ていく雪兎を眺めている。
作っている本人の横顔は真剣そのもの。
やっと丁度いい大きさに固まったそれに南天の実と葉を埋め込む。
右の目を埋め込む時力加減が分からず実を潰してしまったり、葉がひらりと取れてしまったり。
何度か繰り返してやっとできた雪兎。
「ちゃんとできたね、バージル!」
「…ああ」
「でも私の方が綺麗にできてる」
ふふ、と意地悪く笑うに「俺は初めてだからな」と言い訳をしてそっぽを向いた。
手の熱で溶けない内に先に作られた一匹の横に並べる。
並べて比べればどちらがどちらの作ったものか一目瞭然。
形の綺麗な雪兎とでこぼこの雪兎。
バージルが作った方は目も左右で高さが違う位置だ。
「ありがとうね、バージル」
「こんな出来だがな」
「それは関係ないの」
これなら寂しくないよね
きっと水になってしまうその時も
仲良く溶け合っていけるよね
「だからありがとう」
「…ああ」
ニコニコと嬉しそうに並ぶ雪兎達を眺める。
「」
彼女より先に立ち上がったバージルが中に戻るぞと手を差し出す。
掴まれた手は冷えたせいで感覚がない。
それはも同じだった。
「あははー、手が感覚ないー」
「手袋をするべきだったな」
「そうだね」
歩く二人の足音はゆっくりなテンポで重なり合っていく。
「……クリスマスまで溶けないでいてくれないかなぁ?」
「…どうだろうな」
遠ざかっていく二人の後ろ姿を四つの紅い目が見つめている。
作り主達の話を聞いているのか、いないのか。
緑の耳が機能しているのかは本人達だけが知っている。
最初は雪が積もる音の話だけだったんですけどね、
雪兎つくるお兄タンが書きたくなったんですよ。
面白かった(笑)
日記を読んで下さってる方はお気づきやもですが、
この大雪でカマクラつくったり雪合戦やったりの中
ひっそり私だけが作った雪兎が元になりました。
だってなんか一匹だけで溶けてくの寂しいと思ったんで。
しかもお兄タンが雪兎あくせくしながら作ってたら可愛いなぁって。
あと「こけるぞ」っていうお兄タンも気に入ってるんですよ。
こう、怪我して欲しくないからヒロインがどうしたら慎重になってくれるか考えて、
「こういえばこうなるな」って先読みして思い通りになって得意げなバージル。
って感じですよ、あの時ふふんってなってますよ!!
なんか無理やりクリスマスと結び付けようとしてるーっ自分やらしーっ(はぁ…)
そして自己満足な部分とかあって申し訳ない(やや反省)
実は続きが書きたいなぁなんて思ってる人です。
でもちょっと他にも書きたいし書かなきゃな夢あるからなぁ。
誰か続きを気にしてくれるなら書くかな。
にしても、雪兎つくったりするのに手袋なしって痛すぎるよね(苦笑)