真っ赤な空に浮かんだ雲が細く長く棚引くのは


 今日の終わりが淋しくて


 まだ嫌だって


 終わらないでって


 少しでも長く今日を伸ばそうとするからなんだって

 


 03.夕焼け雲

 

 


 「もしもし」

 
 電話をかけると珍しくバージルが受話器を取った。


 「か」


 「うん、バージルが出るのって珍しいねぇ」


 思ったことを口にすると彼が黙った。 


 受話器の向こう側で無表情に沈黙する彼は想像しやすくてそれがちょっと面白かった。


 「まぁいいや、買い物してそっちに行くね」


 「…あぁ、わかった。気をつけろ」


 少し間が開いたのは私が一人で事務所に行くのが気に入らないんだろう。


 先日の食卓会議で私が押しに押した結果、


 事務所に来る前に電話を一本寄越すことを条件に送り迎えは無しになった。


 電話もまだ過保護な気もする。


 いつまであの双子は私を子供扱いするんだろう。


 心配してくれるのは嬉しいけど。


 「はーい。じゃあ後で」


 ばいばい、と受話器を戻すと機械音と一緒にカードが吐き出される。


 それを財布に収めてからあまり掃除されていないだろうガラス扉を開けた。


 ここは大通りにある電話ボックスで向かい側には大きなスーパーがある。


 時刻はもう4時に近い。


 買い物は急いだ方が良さそうだと少し駆け足で道路を駆け抜けた。






 


 早く早くと意識していたのは最初のうちだけ。


 そもそも何を作ろうかも決めていなかったのが失敗だった。


 品物を見ながら決めていくうちに余計なものにまで目移りしてしまった。


 「寒っ」


 温度を調節された屋内から出たばかりの体に外の空気は冷た過ぎた。


 マフラーをかけ直して手にしっかり荷物を抱えて歩き出す。


 もう夕方だ。


 赤く染まる道に伸びる自分の影が長い。


 視線を足元から空まで持ち上げると道路と同じ色になった雲が目に止まる。


 とても細く細く、それこそ自分から伸びる影のような。


 「……そういえば」


 無意識に声が出ていたのに焦って周りを見渡した。


 幸いな事に誰もこっちを見たりしていない。


 小さい声だったから大丈夫だったんだなと、止まってしまった足を動かす。


 


 そう、そういえばだが、昔は夕焼けに棚引くあの雲が大嫌いだった。


 今日の終わりが淋しくて。


 まだ嫌だって。


 終わらないでって。


 少しでも長く今日を伸ばそうとするから、あんな風になる。


 誰に聞いたのかは忘れてしまった。


 でも確かに誰かがそういっていた。


 教えられた時その未練がましさが私に似ていて醜いと思った。


 今日のお別れが淋しくて。


 まだ嫌だって。


 一緒に居たいんだって。


 必死に今日にしがみ付こうとしてた。


 夕方になって家に帰らないといけない時、二人はいつも「また明日」って手を振ってくれたのに


 私は笑うことも手を振ることもできずに小さな声で「バイバイ」としか言えなかった。


 そんなどうしようもない事に足掻いてみっともない自分を見せられてるようで大嫌いだった、夕焼け雲が。



 今日が終わって夜になってまた朝が来る。


 明日が今日になればまた遊べるのに。


 頭の片隅ではちゃんとその循環を理解しているつもりでいた。


 でも、あくまでつもりでしかなくて、信じることはなかった。


 もし明日が明日のままになってしまったらどうしよう。


 ずっとずっと夜が続いてしまったらどうしよう。


 もう会えない、一緒に遊べない。


 そんな考えが幼い私の頭の中でぐるぐると悪循環を繰り返した。


 だから夜になる前のあの赤い空が大嫌いで。


 それよりもっと夕焼け雲が大嫌いだった。


 今は―― 


 


 「おーい、ー!」


 考え事をしているうちに事務所まであと真っ直ぐの道まで着いていた。


 名前を呼んで私の意識を現実に引き戻したダンテはこっちに向かって大股に歩いてきた。


 「大丈夫だったか?迷ったりとかしてねぇ?」


 やっぱり過保護だと思うより先に苦笑する。


 「いや、自分でも奇跡だと思うよ」


 「は?」


 あれだけ考え事して周りを見てなかったのにそれでも迷わずここに来た。


 多少方向感覚に難のある私がだ。


 ちょっと自分を褒めてあげたくなると同時に危機感を覚えて今更心臓が速く打つ。


 「何にも無い、大丈夫だって。もう子供じゃないからね」


 笑って先の発言と動悸を誤魔化す。


 「どうだか。見た目はまだまだお子様だろ?」


 「失礼な…」


 「もうちょっと凹凸はっきりしたらいいのになぁ」


 「変態」


 バージルにいいつけてやる、と歩く速度を上げる。


 でもダンテにはその速度はなんてこと無いらしくすぐ追いつかれてしまう。


 「まぁそう拗ねんなって」


 そういいながらすっと伸びてきた腕は私の手に抱えられていた荷物を攫っていった。


 「……ありがとう」


 「いえ、紳士として当然のことをしたまでです、お嬢さん?」


 ワザとらしいその口調とあまりに人の悪い笑み笑が不釣合いで可笑しさが込み上げてくる。


 二人で笑い声を響かせながら視線を落とすともう影は闇に解け始めている。


 空を見上げれば限りなく黒に近い紫色。


 もう目の前の扉はノブに手をかける前に自然に開かれて中からバージルが出迎えてくれた。






 


 今はというと何ていうことは無い。


 素直にあの赤は綺麗だと思えるし、棚引く雲だって一緒だ。


 別に構わないじゃないか、今日に後ろ髪引かれる思いを抱いたって。


 その日を惜しいと思ってもちゃんと夜は来るし朝になる。


 もうあの頃とは違う。


 私も大人になって彼らも大人になって、“夕方過ぎたらもうお別れ”が絶対じゃないのだし。


 それに夕方にお別れになっても、また明日があるって信じてるから。


 ちゃんとまた明日って、笑って手を振れる。


 ほら、だからもう私を子供扱いしないで?






 
綺麗な綺麗な綺麗な綺麗な
 
 赤と赤と赤
 
 誰も誰も
 
 世界の時間を止める事なんてできやしないの






 夕方って小さい頃はあんまり好きじゃなかったです。
 だって友達とバイバイする時間じゃないですか。
 すっごい寂しくて、まだ遊んでたいのに暗くなるから帰る時間。
 今は大好きですけどね、夕方の時間帯の空って。
 見てて飽きないです、徐々に変わっていく変化とか。
 ダンテとバージル両方とも出番少ないーっ
 これで夢と言い張ってよいのか!!?
 …すみません、言い張らせてもらいます(笑)