事実を知らされた次の日。
 

 
 
 彼女が連れてきたのは他ならぬ彼女自身がもう一人の母と慕ったその人だった。





セピア色




 機嫌のよさそうな歌声と食欲を誘う香りは事務所を包んでいる。


 そのソプラノが紡いでいる言葉はこの土地には馴染まない異国語。

 
 もし店先で誰かが聞いていたなら不思議に思っていたかもしれない。



 生憎表は人っ子ひとりおらずガランと殺風景なものだろうが。


 大きめの鍋が湯気を上げているのは用意されているペンネを煮込む為だろう。


 完全に沸騰するまではもう少し時間がかかりそうだ。


 そう判断したは冷蔵庫まで足を運ぶ。


 中から手早く水野菜を取り出しながらも歌が止む事はない。


 野菜を軽く洗ってまずレタスから一口大に手でちぎっていく。


 その何でもない、一見面倒くさそうにも思える作業を特別楽しいものと錯角させそうな程笑顔で取り組んでいる。




 「ー?」


 「まーだだよ」




 突然の声に驚きも振り返りもせずに答える


 その小さな背中を入り口でつまらなさそうに見つめているのはダンテだ。


 物音一つたてずに近づいたつもりだったのに彼女は全く驚いた素振りがない。


 もう少し肩が上がるとか、変な悲鳴を出すとかを期待していたのに。


 斜に構えていた体を正しての方へ近づく。



 「俺が来るのわかってたって感じだな?」


 「んー…何となく?そろそろかなってね」



 まいったね、と大袈裟にジェスチャーする。


 それにくすりと微笑んだがひとつのざるを指差す。


 誘導されたアイスブルーが捕らえたらのは自分の好む真っ赤な甘い実。


 水で洗われてヘタまで取られた4、5個の実は僅かに水滴を残して佇んでいる。



 「残りだから食べていいよ」



 それを聞いてダンテが嬉しそうに頬張ったはいうまでも無い。


 もうしばらくでできるからと告げられると手をひらひらとさせながら大人しく退散していった。



 「相変わらずだよねぇ」



 その呟きは独り言のようにも取れる。


 ただ彼女は振り返って食卓の上を見つめながらそういったのだった。


 気を取り直して暇になっていた手を動かし始めた。


 レタスが終われば玉ねぎを薄切りにし水にさらす。


 丁度沸騰し始めた湯の中にペンネを入れてタイマーをかけた。


 それから先に作っておいたサーモンのクリームソースを弱火にかけて温め直して――


 てきぱきと流れ作業のような手際で料理していくうちにペンネが茹で上がるのを待つだけになった。


 両腕を天に向け体全体で伸びをする。



 「ん〜……じゃあテーブルの方の準備しよっと」



 体をシンクからテーブルの方へを向き直らせる。


 十分に絞った布巾で拭くとフォークとグラスと、と必要な道具を並べていく。


 今日買って来たワインと栓抜きも並べるとまたやることが無くなった。


 ペンネが茹で上がるまであと4分。


 夕食が始めれば自分が座るであろう席に腰を下ろすと真ん前にある写真と目が合う。


 木枠の写真立ての中にいるその人はとても優しく微笑んでいる。


 思わずが微笑み返す程に。


 豊かな長髪は本来は美しい金だったが写真はその色を表現していない。


 目の色もそうだった。


 それは写真が色褪せたせいではない。



 「……私ママさんにみたいに金髪にしようとしたことあったんだー」



 ぽつりと零れる様な声。


 向けられたのは優しく微笑む写真の中だ。



 「でもね、ママさんは私の髪綺麗って言ってくれたから染めた事一回もないんだよ」



 へへへと、照れたように笑って見せる。


 見せる、といってもその対象にちゃんと見えているだろうか。


 そんなことは気にも留めない風に続ける。



 「あ、結構料理上手になったでしょ?」

 

 「すっごい頑張ったんだよ」


 「いつか…」



 それまではしゃいでいた様子のが初めて曇った。




 「いつかママさんと一緒に料理作ってみたかった、んだぁ……」




 細い首筋が露になる。


 それきり動かないの表情は誰も見ることがない。


 湯が泡を立ててその水面を揺らす音以外しなかった中でそれが仕事再開の合図を告げた。



 「ぅひゃっ」



 ジリリリと急かすように鳴るタイマーを止める手つきはあたふたしている。


 これこそダンテの望んでいたような反応だったろう。


 が、残念な事に彼の姿はここにない。


 その代わりという訳ではないが彼ではない別の人物がそれを見ていた事には微塵も気付かない。


 席を立ち上がると最後の仕上げと取り掛かり始めた。


 黙ってその姿を見つめているのはバージルだった。


 パタパタと小走りに作業する彼女に声をかけることは少し躊躇われる。


 だがこのまま突っ立ているのもどうかと思われて。



 「……



 驚かせたりはしないようにと柔らかめな声をかけた。


 その試みは成功したらしい。


 彼女はその手を動かしたままバージルに返事をした。



 「あ、バージル、いいタイミング。

 もうできるからダンテ呼んで来て?」



 元より何か手伝う事は無いかと尋ねに来たのでそれに了承する。


 が、ふと見た彼女の表情に違和感を覚えてその場から動かなかった。


 笑顔の、料理をしている彼女。


 だが何かいつもと違う気がして気が付いたら既に彼女の側に寄っていた。



 「…バージル?」



 不思議そうに見上げてくる瞳をまっすぐ見返す。



 「……何かあったか?」



 一瞬、ほんの一瞬だけ目を開いたはすぐに口元に笑みを作る。


 それはバージルから見れば苦笑い以外のなにものでもないものだった。



 「大丈夫だよ」



 その言葉を聞いて自分の覚えた違和感が間違えでないと確信する。


 彼女は何もなかったらきっと「何もない」という。


 が、先の言葉は「何かあったけど平気だ」と同等の意味になるだろう。


 何があったかはきっと聞かないで欲しいのだろうと汲んだバージルはただ一言。



 「無理はするな」


 「…うん。わかってるよ」



 その返事に黙って頷くと弟を呼びにその場を後にした。


 見届けたはしっかりしろといわんばかりに首を横に振り、料理を盛り付けていった。

 



 「んー、うまいっ」

 「ホント?」

 「ジョークだっていたら?」

 「ダンテのお皿下げるね」



 ダンテの前にある皿を持ち上げようとすると慌てて謝罪した。


 その様子に満足したは皿にかけていた手を元に戻した。



 「ふふふ、良かった。バージルは?」

 「ああ」


 ああじゃわからないとも思ったが、食の進み具合から見て答えは明白だった。


 サーモンのクリームパスタとグリーンサラダの両方を双子はほぼ同時に完食する。


 も二人と比べれば幾分少なめだったので食べ終わるのにそう遅れは取らなかった。



 「なぁ、。まだ良いモン残ってんだろ?」

 「え?あぁそっか、苺あげたからか」



 一瞬何故それを知ってるのかと疑問に思ったがすぐに解決する。


 三人分の食器を下げて冷蔵庫へ向かうを楽しそうに見つめるダンテと何かよくわからない様子のバージル。



 「食後にはあまーくて美味しいデザートでしょ」



 それぞれの前に並べられたストロベリーサンデーに双子はそれぞれらしく口角を持ち上げた。


 えの長いスプーンを手渡すと躊躇うことなくそれを口にする。


 美味しそうに食べてくれる様子を嬉しそうに眺めながらも自分の苺を掬って食べる。


 クリームのついたそれは酸味よりも甘みの方が増していた。


 それを堪能して飲み下すとが小さい挙手と宣言をした。



 「はーい、ここでデザートを食べながらプチ会議を開きまーす」

 「ん?」

 「急だな」



 満足気に苺を味わいながら双子の視線はきちんとに向けられている。



 「議題は“私がここに来る経緯について”です」

 「「電話しろ、迎えに行く」」



 綺麗に重なった声に双子は嫌そうに顔を見合わせ、は膨れっ面になる。



 「だからさぁ、そこまで過保護になんなくてもいいと思うんだ、私は」

 「でもここは……」



 スプーンを振りつつ、サンデーを食べつつの会議は進む。

 コーヒーで色づけされたような写真のその人は先と変わらぬ微笑で三人の様子を見届けている。

 






…これってエヴァ夢になるんだろうか?(聞くなって)
可愛がられてたんです、ヒロインはエヴァママに。
だけどもう亡くなられてるっていうのを知らされて自分が持ってる写真持ってきたんです。
ってこれ意味わかんないかもーっ
ごめんなさい、ほんとにこのお題煮詰まったんですっ
申し訳ない、セピアって聞いたら写真しかでてこないし
結果双子夢?って作品に!!
もっと甘さのある夢も書いてみたい…