今夜は秋の収穫祭。
少し町から離れた私の家にも
魔女や悪魔や吸血鬼…その他諸々に扮したお子様が足を運び、大きな声で叫ぶのです。
「Trick or Treat!!」と。
悪魔の微笑む万聖節前夜
「おねぇちゃん、ありがとー」
「ありがとー」
はいはーい、と手を振りながらお菓子を受け取り嬉々とする子供達を見送る。
もう10月が終わる日とあってなかなか冷え込む夜だ。
体を冷やすまいとすぐに部屋へ戻る。
窓を見ると先程悪戯するぞと脅してきた子供達のランタンの明かりが見えた。
仮想して生き生きと家から家を巡るその姿は
そういう風習がない国に生まれた私から見ると羨ましく映った。
お気に入りのイスに腰掛けてテーブルに置かれるジャック・オー・ランタンと向き合う。
「あのね、あのね、明日はハロウィンなんだよ!」
「姉は知らないかもと思ったから作ってきた」
「姉にあげる!!」
「ちょっと失敗したけど、頑張って作ったんだよ」
隣に住む幼い双子が私のためにと作ってくれたランタン。
左右の目の位置がずれてたり、妙なところに深い傷が入ってたり。
あくせくしながらカボチャを彫るあの二人の姿が目に浮かんできそうだ。
まったく。可愛いことをしてくれて。
「…こっちもサービスしない訳にいかないじゃない?」
ランタンの影に隠れていた二つの包みを手に取る。
青いリボンと赤いリボンで飾りつけたそれは双子の為に用意した手作りのクッキー。
最初は市販の物を買おうかとも思っていたのだけれど
あまりに味気ない気がして慣れていない事に手を出してみた。
やけ色がしっかり付いて味も上々。
これで彼らの飛び切りの笑顔を見られたらそれで満足だ。
「早く来てよー?」
ぼやきながらランタンを小突くと中のロウソクが大きく揺らいだ。
ノックの音にウトウトしかけていた意識を取り戻す。
あれからカボチャと顔を向き合わせながら時間を過ごしていたのだが待てども待てども二人は来ない。
加えて呼吸に似たランタン揺らめきは私を眠りに誘っていった。
再度ならされるノックに「はい」と返してイスから立ち上がる。
眠気眼を擦りつつドアを開けたその先。
「「Trick or Treat!」」
銀髪の双子が満面の笑みとお菓子でいっぱいになった籠を携えてあらん限りに叫んだ。
待っている間にどんなモノに変身して現れるのか色々と想像していたが――
「あらあら、そんなこというのはどういったお化けさんかしら?」
自然と緩む口角もそのままに尋ねてみる。
「「パンプキンキング!」」
黒い大きな革靴に白黒縦じまのジーンズ。
これまた黒いマントは丁度膝までの長さで首元をリボンで結わえている。
チョコやキャンディーで溢れそうな籠を持つ手はマントで隠されているが真っ白い手袋をはめているのがちらりと見えた。
そしてメインの頭にはジャック・オー・ランタンを模した帽子。
その大きさといったら彼らの頭のひとまわりもふたまわりもありそうな程。
吸血鬼で格好良くきめてくるのではとしていた予測は大ハズレ。
(可愛い…)
と、言葉に出す事は止めておいた。
以前にそういう類の言葉で褒めると「カッコイイじゃなきゃヤだっ」と膨れ面になったことがあったから。
「やっと来たね?もー、ずっと待ってたんだよ?」
「約束だもん、来たよー!!でも遅くなっちゃった」
「ごめんね、姉はお隣だから最後に行こうって決めてたんだ」
なるほど、それでこんなに遅くなったのか。
理由には納得しても待たされたことに変わりは無い訳で。
大人気ないとわかっていても湧き上がるそれに逆らう事をしない。
「ねぇー姉、お菓子頂戴w」
「僕も」
「うーん…それがねぇ……」
溜息混じりにそういうと二人が同時に首を斜めに傾ける。
「……二人があんまり遅いから、二人の分食べちゃったw」
………
「「えぇーーーーー!!?」」
本当はランタンの後ろに隠してあることを知らない二人は先程より盛大に叫ぶ。
「食べちゃったの!?姉僕らのお菓子食べちゃったの!!?」
スカートの裾を掴んで縋り付いてくるダンテ。
「ごめんねーお腹すいてつい、ね」
「姉の楽しみにしてたのに…」
首と視線を床に落とししょげるバージル。
「ホントにごめん。今日は来ないんじゃないかって思って…」
表現の仕方に違いはあれど残念に思ってるのは二人とも同じようで。
軽く潤んだ瞳が可愛いんだけれど苛め過ぎるのは良くないし。
ランタンの帽子は恨めくし自分を睨んでいるように見えてしまうし。
(そろそろあげてもいいかな?)
二人の柔らかい銀髪を撫でながら考えていると
「じゃあ仕方ないか…」
「イタズラしなきゃだね」
「へ?」
言葉の意味を尋ねる間はまったくなかった。
男の子二人におもいきり押し倒されれば倒れるのも当然だろうか。
それともこの双子が特別に力が強いのだろうか。
どちらにせよ、強打した腰は鈍い痛みを伴う。
「イタタタ…」
肘をついて体を起こそうとすると双子が上半身に飛び乗って来てそれを許さない。
「くはっ…ちょ、もー二人共重たい!どいてっ」
「だーめ!」
「姉がイタズラ選んだんだよ?」
確かにお菓子をあげないのだから悪戯を受けても文句は言えない。
この子達もちゃんと自分の前ではっきりとそう脅したのだから。
「ま、待って…、ほらそこに……」
二人が圧し掛かったままで上手く身動きが取れない。
机まであと数cmといった所で指先は掠めるだけだった。
‘お菓子なら机の上に’と言う直前だ。
ちゅっ ちゅっ
両頬に触れた柔らかく温かい感触。
一瞬の事に思考が回らなかった。
間抜けな顔にでもなっていただろうか。
上に乗るカボチャの王達はくすくすと笑っていた。
「びっくりしてるね」
「不意打ちだとそんな顔するんだ?」
いつもしてることなのにね、という言葉に感覚を取り戻す。
ああ、そうか。いつものスキンシップじゃないか。
突然だったとはいえ、慣れてるはずの行為に驚かされたことが悔しい。
やられたままでは気が済まないとこちらも余裕の笑みで切り返す。
「なーに?ほっぺにちゅうぐらいで私がまいるとでも?」
してやったりとしていた双子がむっと表情を変える。
なんてわかりやすい子等だろう。
「パンプキンキング様の悪戯は大したことありませんね」
本当に自分は大人気ないのを自覚している。
只、自分の言葉ひとつで表情をころころ変える彼らが可愛くて止められない。
先と立場が逆転しくすくす笑う自分を見たダンテが頬いっぱい膨らませ反撃に出た。
ちゅっ
「まだ悪戯するもんっ」
目、頬、耳、額…と間髪いれずにキスを落とす。
「わっ、も、くすぐったいってダンテっ」
身を捩ろうともダンテの悪戯は止まない。
ちゅぅうっ
「僕も姉がまいるまで止めない」
もう一方でバージルも頬に長めのキスをする。
「こらぁ!バージル、ストップっストーップ!!」
もちろん言葉で制したところでバージルに何の効果も見られない。
容赦なく降り注ぐキスの雨。
ムキになった柔らかな唇から逃れる術もなく、また負けを認められるほど精神的余裕もなく。
「ぁっホントに勘弁…誰かーっ」
誰もいないのを承知の上で助けを求める。
「こらこら、そんな事をしてはいけないよ」
ピタリと止む悪戯。
声が聞こえた方向を見やると三人共が良く知る人物がそこに立っていた。
「スパーダさん!」「「パパ!」」
お隣さん家の旦那さん。つまり彼らの父親。
ここに住むようになってから困ったことがあると何かと助けてくれた優しい人だ。
「ほら、からどいてあげなさい」
注意をされた双子は父へ跳び付き事の経緯を話す。
「だって姉がお菓子くれないんだもんっ」
「だから悪戯したんだよ?」
ふむ、と息子達の言い分を聞くとその視線は自分に向けられた。
「用意周到な君のことだ。本当はまだあるんじゃないかね?」
見透かされているのに苦笑する。
「えぇ、もちろん」
自由を取り戻した体を起こすと隠しておいた包みに手を伸ばす。
それを見た双子は喜びの表情でそれを受け取る。
「ありがとう、姉!」
「嬉しいな…」
爛々とした瞳で包みを見つめる二人の様子に自分の方が喜びを感じる。
悪戯が終わり、お菓子を渡せてホッと胸を撫で下ろした。
「Trick or Treat」
ふと、耳に届くお決まりのフレーズ。
そういったのは確かにスパーダさんの声で彼の目をきょとんと見つめ返す。
「……え??」
ふふっと笑いながらスパーダさんがいうには
「今日は私も吸血鬼なんだよ」
よく見ると、スパーダさんも子供達と同じようにマントを羽織っていて。
よくよく見ると、口元からは血を吸う為の牙がきらりと光っていて。
「………えーっと…?」
今度こそ本当にお菓子の類は家にないことを告げる。
スパーダさんはさほど変わらぬ表情でそれを聞いていた。
「それは残念。では…」
「え?…ぅああ!?」
抵抗をする間もなく宙に浮く体。
スパーダさんの腕は自分の背中と膝裏にまわされ軽々と持ち上げている。
「さあ帰るよ、バージル、ダンテ」
「「はーい」」
「へ!?」
さも当然といった風に私を抱えたまま家を出て扉を閉める。
「バージル、私のポケットに鍵が入っているから鍵をかけてくれるかい?」
「うん、わかった」
いつの間に鍵を取ったのかは聞いちゃ駄目なんでしょうか。
きちんとかかったことを確認すると再度歩みだす吸血鬼とそれに続くカボチャの王達。
「あの、スパーダさん!??」
困惑する私を見下ろしながらスパーダさんは穏やかに笑む。
「こんなに賑わったハロウィンだからね。
本物の悪魔が紛れてあの家に一人きりの君を襲いでもしたら大変だ。
今夜は大人しく私の悪戯でさらわれてしまいなさい」
ね?と念を押されてしまえば断ることもできない。
今更ながら自分の置かれた状況に顔が熱くなってきた。
やり場無く胸の前で交差していた手で顔を覆う。
「……せめて自分の足で歩かせて頂けません?」
「それは出来ない相談だ。
お菓子があれば吸血鬼も拗ねて悪戯なんてしなかったんだろうがね」
「それ、ご機嫌そうな吸血鬼の台詞じゃないですよ……」
責めてのもの願いも即答でたたれ、もう大人しくしているしかない。
「ね、今日姉家にお泊り?」
「ああ、そうだよ」
「やーった!じゃあ僕が姉と寝るー!」
「あ、ダンテずるいぞっ姉は僕と寝るんだ」
「やだー。先に僕が言ったもん」
「姉を守んなきゃなんだぞ。強い方と寝た方がいいに決まってる」
眼下でケンカを始めるダンテとバージル。
「バージルの意見で行くなら、と寝るのは私になるな」
「あら」「「えぇー!?」」
「構わないかね?」
「えぇ、まあケンカするような子達と眠るよりは」
「「やだ、姉は僕が守るのー!!」
月明かりでいつもより淡い闇に声がよく響く。
徐々に近づく家の明かりは温かさで橙に近い色。
その中でエヴァさんが料理を作って帰りを待っているのだという。
私の分もあるのか尋ねると特に私の分をはりきって作ると言っていたと教えてくれた。
きっと温かい料理を皆で囲み他愛の無い話題で笑いあいながらの食卓になるだろう。
玄関まであと5M。
一人きりで過ごす筈だった夜をどれだけ賑わったものに変更してくれるのか。
パンプキンキング達や吸血鬼とその奥様への期待値は大きい。
ハロウィン企画という事で書かせて頂いた夢でした。
長いっ(←しかも無駄に)
とりあえず仔双子+パパーダが書きたくて書きたくて…
気がつけばコレですよ。
暴走してるよー……誰も止められないんです。
企画に参加できて楽しかったです、良い経験になりました。
ありがとうございました^^