電話がかかってきたのは日が沈みかけて夜が始まろうとしている時だった。

 誰からだろうと受話器を耳に宛てる。



 「はい?」



 名前を確認するその声色に口角がゆっくり持ち上がる。



 「ええ、そうよ。どうしたの?」



 右手で電話のワイヤーを弄びながら尋ねる。

 フィルターがかかっている様に感じる声。

 それにも関わらずなんて心地よい声なんだろうか。

 瞼を下ろしてその声を楽しむ。

 もちろん、話の内容も頭に入れて。



 「わかったわ。

 じゃあいつもの所で待ち合わせね」



 相手の「また後で」という言葉を最後に電話はツーと無機質な音を繰り返す。

 少し物寂しくも思うが受話器をそっと定位置に戻して身支度を始めた。






 乾いた鐘の音は静かな店内には良く響き渡る。

 店内を見渡したところ待ち合わせた人物はまだ居ないようだ。

 約束した時間の30分も前だから当然であるが。

 2、3客が居るものの自分の定位置とするカウンターは誰もいない。

 静かにそこに座るとグラスを磨いていた店主がシェイカーを手に取った。

 淡いオレンジの光源が彩る店内は落ち着いた雰囲気だ。

 目の前にはズラリとならぶ様々なお酒の瓶。

 私はそれを眺めるのが好きでこの席がお気に入りになった。

 何時きても棚の配置は変わらないのに眺めていて飽きる事はない。



 「どうぞ」



 す、と差し出されるカクテルに視線を移す。

 店主は私が特別に注文しないときは何を飲むのかわかっている。

 通うようになっていつの間にか出来上がっていた習慣。

 ディープスカイブルーの綺麗なカクテルに微笑が零れた。



 「ありがとう」



 グラスを持ち上げて口元まで運ぶ。

 一口。

 味は当然のこと、喉を流れていく感覚まで楽しむ。

 カクテルが半分より少なくなった頃、時間が気になって手首を反して腕時計を見る。

 その動作を見ていた店主が声をかけてきた。



 「今日も待ち合わせですか」

 「ええ、もう来る頃だわ」



 そう返事をしてまたカクテルを一口楽しむ。

 丁度その時、私が入ってきた時と同じように鐘が鳴る。



 「ほら」



 いったでしょ、と店主を見れば伏せ目がちに微笑んでいた。

 待ちわびていた足音は私の隣のカウンター席で止まる。



 「いつも早いな」



 私にかけられた声は電話よりも鮮明で先より増して心地よいものだった。



 「私の楽しみなの、これを飲みながら待つのが」



 バージルはそれを聞くと私の飲んでいるカクテルを見て軽く溜息をついた。



 「…度が強いだろう」


 「間違っても飲まれたりしないわ」


 「飽きたりはしないのか」


 「全く」



 再び溜息をつくバージルを横目で見ながらふふ、と笑った。



 「これじゃないと意味が無いの」



 グラスをくいと傾けて残りを全て流し込む。

 空になったグラスをテーブルに置くとバージルが立ち上がった。



 「バージルは飲まないの?」

 「車で来てるからな」

 「あら」



 バージルがカクテルの代金をテーブルに置いてから私の手を引く。

 引かれるままに席を立ち、振向きざまに店主に「ご馳走様」といって店を出た。

 

 

 「あれぐらい自分で払うのに」

 駐車場までの道のりの途中。

 手を引きながら先を歩くバージルに呟く。

 歩みも止めず少し振り返ってこちらの様子を伺うとまた前に視線を戻す。



 「別に構わんだろう」

 「まぁ、ね。奢ってもらったんだし…」

 「何が気に入らない?」 

 「気に入らないっていうんじゃなくて……あれは特別なの」



 なんだそれは、と今度は足を止めて向き合う。

 彼も薄々気が付いてはいるはずなのだが。

 あえてそれをいわそうとしているのか。

 でなければこんなに意地悪く笑っているはずがない。



 「……わかってるでしょう?」 


 「なんのことだか検討もつかんな」



 いえない。

 いってあげない。



 「



 何もいえないでいる私をバージルは抱き寄せる。

 いきなりの事に驚きながらその中に大人しく納まった。



 「…代金を気にするなら今払ってもらおう」



 いうやいなや顎を持ち上げる彼のひんやりとした右手。

 もう片方は髪の間に差し入れられて逃げる術を失う。



 「んっ!……」



 塞がれる唇。

 少しずつ頬が熱くなっていくのが嫌でも分かった。

 満足したのかバージルが離れるとつ、と右手が頬を撫ぜる。



 「…顔が赤いな」


 「誰のせいで…っ」



 文句の一つもいってやろうとするより先に耳元で囁かれる。





 「飲んでも飲まれないじゃなかったのか?」





 何も言い返せなくなってしまった。


 やっぱり知ってたじゃない。

 そんなに楽しそうに笑ってくれて。

 すっかり忘れてたわ。

 貴方のみたいなお酒には強くても

 貴方自身には酔わされやいこと。

 
 青の盃
 











 背伸びしました、もうめいっぱい。
 大人ヒロインは難しいです、私にとってとてつもなく。
 ハロウィンにカッコいいダンテとバージルを私に描いてくれた麗花さんへ。
 リクエストが「カクテル」だったので大人っぽくと踏ん張ってみましたが撃沈しましたっ
 あ、カクテルなんですけど「ブルーデビル」っていうカクテルを見つけたんでこんな作品になりました。(単純な子っ)
 遅くなった事も重ね重ね申し訳なかったです。
 麗花さんへお礼として捧げさせて頂きますっ